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前橋地方裁判所桐生支部 平成7年(ワ)38号 判決 1998年9月11日

群馬県桐生市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

小林勝

春山典勇

東京都渋谷区<以下省略>

被告

株式会社ハーベスト・フューチャーズ

右代表者代表取締役

埼玉県熊谷市<以下省略>

被告

Y1

東京都八王子市<以下省略>

被告

Y2

横浜市<以下省略>

被告

Y3

右被告四名訴訟代理人弁護士

鈴木忠正

主文

一  被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ、被告Y1及び被告Y3は、原告に対し、各自七一〇万三〇〇〇円及び内金六六四万二五〇〇円に対する平成五年一〇月一五日から、内金四六万〇五〇〇円に対する平成七年四月一三日からそれぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ及び被告Y1は、原告に対し、各自二三七四万〇六三九円及び内金二二二〇万一一三九円に対する平成五年一〇月一五日から、内金一五三万九五〇〇円に対する平成七年四月一三日からそれぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告Y2に対する請求、並びに、被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ、被告Y1及び被告Y3に対するその余の各請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ及び被告Y1に生じた費用とを、八分し、その三を原告の負担とし、その余を被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ及び被告Y1の負担とし、原告に生じた費用の四分の一と被告Y3に生じた費用とを、五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告Y3の負担とし、原告に生じた費用の四分の一と被告Y2に生じた費用を、原告の負担とする。

五  この判決は、原告の被告株式会社ハーベスト・フューチャーズに対する勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自五五四二万三六三九円及び内金五二九二万三六三九円に対する平成五年一〇月一五日から、内金二五〇万円に対する平成七年四月一三日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

及び仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ(以下「被告会社」という。)は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員であり、顧客から手数料を得て、輸入大豆、小豆、ゴム、金、白金の売買の委託を受け、自己の名をもって委託者の計算において輸入大豆、小豆、ゴム、金、白金の売買をすること等を業務とするものである。

被告Y1(以下「被告Y1」という。)、被告Y3(以下「被告Y3」という。)及び被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、平成五年、六年中、被告会社に勤務していた外務員であった。

(二)  原告は、平成二年三月、高等学校の教師を退職し、主として共済年金の支給により生活を維持していた者で、これまで商品取引の経験はなく、同取引についての知識も全くなかった。

2  原告は、平成五年七月一五日、被告会社との間に、商品先物取引委託契約を締結(以下「本件基本委託」という。)し、被告Y2、同Y3ないし同Y1の勧誘、関与の下に、別紙「先物取引経過一覧表」(以下「一覧表」という。)記載のとおり、平成五年七月一五日から平成六年一二月一九日までの間、商品取引の各委託(以下「本件各個別委託」という。)をし、委託証拠金として左記のとおり合計五六四五万円を支払い、被告会社から右取引により平成五年九月二〇日益金二〇〇万円、本件基本委託の終了により、委託証拠金、差損益金等の清算として三五二万六三六一円の合計五五二万六三六一円の支払いを受けた。

平成五年七月一六日 六〇万円

同月三〇日 二一〇万円

同年八月四日 三五〇万円

同月九日 六二〇万円

同月一二日 六〇万円

同年九月一日 二〇〇万円

同月二日 二〇〇万円

同月八日 八〇〇万円

同月九日 八〇〇万円

同月三〇日 七二〇万円

同年一〇月七日 七〇〇万円

同月一五日 九二五万円

3  被告会社との本件基本取引委託の経緯、各商品取引委託の状況

(一) 原告の妻であるB(以下「B」という。)は、平成五年七月上旬、自宅において、○○の外務員と称するCからの電話で、執拗に商品取引をするよう勧誘を受けた。このため、Bは、東京在住の娘に、そのような商品取引を行っている会社の有無を問い合わせていた。被告Y2は、平成五年七月一五日、原告方に、原告の娘の友人と称して、いきなり電話をかけ、Bに対し、「○○という会社はブラックマーケットである。」「自分達は、取引員の証明書を持っている。」「利益があがりますから先物取引をやりませんか。」と勧誘してきた。

Bは、断っていたところ、その日のうちに、被告Y2及び被告Y3は、東京から、桐生市の原告方を訪問し、「金を今買えば必ず儲かる。」と強引に勧め、「○○は電話をしたり、行ってみたりしたが電話番みたいな人がいるだけでブラックである。自分達は、証明書がある。」と言って、繰り返し、執拗に、原告方に一人のBに金の取引を勧誘した。

Bは、右のとおりの勧誘から、ブラックマーケットの○○は危ないが、被告会社ならば銀行や郵便局と同じように元金は安全であると信ずるようになり、遠方から来た娘の知人であると感謝し、夫である原告に事後承諾を受ければ良いと思い、右同日、右被告らの勧めるまま「約諾書・通知書」に原告の氏名を記入し、Xの印章を押印した。そして、Bは、右被告らの「明日用意すれば良い。」との話しで、原告の名で、被告会社へ金一〇枚を買うことを委託し、申込委託証拠金六〇万円を被告会社に翌日支払う旨述べた。

原告は、右同日、帰宅したところ、帰りかけていた被告Y2らと会い、Bから右事情を聞かされた。原告は、同被告らの勧誘の仕方に憤慨し、反対したが、Bが「六〇万円でお付き合いよ。損をさせないというんだからパパいいでしょう。」と気楽に考えていたことと、Bがすでに前記のとおり原告名での書類を作ってしまっており、恥をかかせても悪いと思い、黙認することとなった。

原告は、右翌日、申込委託証拠金を受取りに来た被告Y2に対し、「絶対に取引は大丈夫か。損をすることはないか。」と念を押したところ、同被告は、「大丈夫です。損はさせません。」と答えたことから、同被告に六〇万円を渡した。

(二) 被告Y3は、平成五年七月三〇日朝、原告方に電話し、原告に対し、「アメリカ農商務省や商社筋の動きという情報で、大豆はこれからどんどん値が上がる。大豆一〇〇枚是非買って下さい。大豆はアメリカの天候が悪く不作で必ず儲かりますよ。」と勧誘した。原告は、「一〇〇枚なんて多くの金を用意出来ません。」と返答していたが、右勧誘に負けて、三〇枚の大豆の「買い」を建てることとし、申込委託証拠金二一〇万円を支払った。

(三) 被告Y3、被告Y2及び被告会社のDは、平成五年八月三日、原告方を訪問し、こもごも「アメリカの天候が悪く、大豆の値が上がる。」「エルニーニョ現象が発生した。」「ミシシッピ川が氾濫し、大豆は不作だ。」と繰り返し話しをして帰った。

被告Y3は、その翌日、原告方に電話し、原告に対し、「アメリカの商社筋の情報で、一般の人には判らない情報で勧めるのだが、大豆の値が上がる。五〇枚買ってはどうですか。必ず儲かります。今すぐ決断して下さい。」と言われ、言われるまま、原告は、大豆五〇枚の「買い」の注文をし、同日申込委託証拠金三五〇万円を支払った。

(四) 被告Y3は、同月六日、原告方に、電話で、「今後はベテランのY1課長と二人で協力させてもらう。今日は、Y1が桐生に伺う。」と話してきた。

原告とBは、自分達のためベテランも入ってくれると喜んでいたところ、同日午前九時ころ、被告Y1が、原告方を訪問し、「どうもすいません。金と大豆のことで実は大変困ったことが起きました。Y3から早朝電話で相談を受けたが、金と大豆の値段が下がり、追証が生じた。このままでは、お金を捨てることになるのです。」と話した。原告及びBは、意味も十分分からず「どうすれば良いのですか。」と聞くと、被告Y1は、「損をしないようにするには、両建すれば良い。」と言ってきた。原告が「両建すれば大丈夫なのですね。」と質問すると、被告Y1は、「大丈夫です。特別に何とかやりくってこちらに回しましょう。」と言った。

原告は、両建の意味も十分に理解できないまま、大豆八〇枚及び金一〇枚の各「売り」を申込ませ、申込委託証拠金六二〇万円を支払わせ、金一〇枚の追証として六〇万円を支払わせた。

(五) 原告の被告会社に対する各商品先物取引の委託は、被告会社従業員の被告Y2、被告Y3及び被告Y1による一方的で直前の電話による指示で原告に対して押しつけたものであり、その「売り」、「買い」の各建玉、仕切りは、原告の選択の余地のないものであった。

4  被告らの責任

(一) 被告会社及びその従業員たる外務員の注意義務並びにその違背による違法

商品先物取引は、投機性の極めて高い経済行為であり、その委託証拠金の割りに取引高が大きく、値動きが激しいため多額の差損金が発生する危険性を帯びているものであり、売り、買いの決定には、商品の需要供給の関係、政治、経済の動向など市場価格の形成の要因に関して相当に高度な知識を必要とし、また、その知識を活用する経験が必要とされる。

したがって、被告らが、その遂行する業務として顧客を勧誘する当たっては、顧客の資本、年齢、能力、経歴を十分に見極め、商品先物取引を扱う能力等に欠けると思われる者に対し取引を勧誘することは避けるべきであり、先物取引の委任を受けるときは、委任者の資本、年齢、能力、経歴、先物取引についての知識、経験の有無、取引の数量、委任を受けるに至った事情等を考慮して、委任者に損害発生の危険の有無、程度の判断を誤らせないよう配慮すべき注意義務を負うものである。被告らが、この注意義務を十分に考慮せず、顧客からの取引受任を受けることのみに専心し、その取引の勧誘、受託契約後の取引において各種義務に違反する行為があるときは、これら取引全体が違法性を帯び、不法行為を構成するというべきである。

(二) 新規取引受託勧誘時の違法

(1) 不適格者勧誘

原告は、右勧誘時、三年前に高等学校教師を退職し、主として年金収入により生活をしていたものであり、多額の預貯金、有価証券、居住用以外の不動産を所有していた者ではない。原告の右のとおりの職歴、社会経験においては、商品先物取引についての知識は皆無に近く、「商品先物取引のガイド」等を読むことによっても、実践的知識は得られるものではなく、自らの判断で取引を行えるものではない。

社団法人日本商品取引員協会が同協会の会員である商品取引員の自主規制のため定めた「受託業務に関する規則」所定の第五条の(1)において、不適格者の勧誘を禁止する旨の規定を設け、その不適格者として、同協会作成の商品取引員の社内規則として作成されべき受託業務管理規則の参考例としての「受託業務管理規則」(甲第一一号証)の第二条一項(2)には、「恩給、年金等により主として生計を維持する者」を定めている。

右のとおりの原告に対する右勧誘は、不当であった

(2) 説明義務違反

売り、買い、委託証拠金、追証などの取引の仕組み、売り、買いの自己決定をするのに不可欠な要素、要因について十分に説明し、その重大性、危険性について、取引開始前に、少なくとも、次のような点から説明し、十分な理解を得る義務があった。さもなければ、顧客はその後の売買について、自己決定ができず、結局は業者主導になるものとして禁止されている一任売買と実質的に同一のものとなってしまうからである。

・ 極めて投機性の高い取引(ハイリスク・ハイリターン)であり、大きく差損が生じることもあること。

・ 委託証拠金は、余裕資金を使用しなければならないこと。

・ 評価益が出るのは、全注文のうち三割程度にしか過ぎないこと。

・ 何度も連続して利益を得るのは困難であるから、一時期に特に最初の三か月くらいは申込委託証拠金として使用する予定額の多くとも三分の一くらいに押さえて取引をすること。

・ 資金の投入は、計画的にしなければならないこと。

しかしながら、新規取引の受託された平成五年七月一五日前に、右のとおりの説明を尽くすための説明書等の書面の交付はなされておらず、前記のとおりの経過で、原告の妻Bに商品取引の約諾書と通知書に、原告の名前を記載させて、押印させている。

これは、右の趣旨から、事前交付書面の定を置く受託契約準則第三条の趣旨、方式に反しており、原告にとって、事前の説明が全く果たされないままに終わったものである。

(三) 断定的判断の提供による勧誘

商品取引員は、商品市場における売買取引につき、その顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することは、商品取引の投機的本質を誤解させることであり、法令等で強く禁止されている(商品取引所法九四条一号、受託契約準則二二条二号)。

被告Y2は、平成五年七月一五日、電話で、Bに対し、「金の値段がこれから上がるんで、儲かるからやってみませんか。」と執拗に勧誘し、同日、同被告及び被告Y3は、原告方を訪問し、Bに対し、「金の値段が上がるからどうですか。」と勧めた。

被告Y3は、同月三〇日、大豆を買えば必ず儲かると言って一〇〇枚からの取引を勧め、それを断った原告に対し、結局、大豆三〇枚の取引を強引に承諾させた。

被告Y3は、平成五年八月四日、「大豆はいろいろな商品になるから、必ず値上がりしますよ。」「一般の人には知られないアメリカの農務省とか商社筋の情報は入っているが必ず儲かる。」と断定的判断の提供をしている。

被告Y1は、同年八月六日、既存の金一〇枚の買建、大豆三〇枚及び五〇枚の買建における値段の急落について、「このままでは金銭を捨てることになる。両建をすれば大丈夫ですよ。」と、あたかも両建すれば値洗い損が確実に解消するかのような断定的判断で取引数量を増大させた。

被告Y1は、同年八月三一日、「冷夏で小豆の収穫が少なくなっているので、今注文すると必ず利益が上がりますよ。」などと勧めた。

被告Y1は、金が最安値というべき時期に、「これから更に金の値段が暴落する。」「大台(一グラム一〇〇〇円)を割るでしょう。」と、原告に対し、断定的判断をもって勧誘し、同年九月一六日、同月二一日の各金一〇〇枚売りの取引を委託させた。

(四) 新規委託者の保護育成義務違反

原告は、新規取引を始めてから三か月の間に、一〇一一枚の取引を行っている。

これは、前記「受託業務管理規則」の第六条に、新規委託者の保護並びに育成措置として三か月の習熟期間を設け、保護育成として、その(3)で、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にあたっては、委託者保護の徹底とその育成を図るため、当該委託者の資質、資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲においてこれを行うものとする。この場合において、商品先物取引の経験のない受託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠、当該受託者から当該判断枠を超える建玉の要請があった場合の審査等につき別に定めるものとする。」として、これを受けて前記協会作成の参考例である「商品先物取引の経験のない新たな委任者からの受任にかかる取扱要領」(甲第一二号証)によれば、「受託業務管理規則六条(3)に基づき、商品先物取引の経験のない新たな委託者から取引の受託を行うにあたっては、委託者の保護とその育成を図るため、当該委託者の資質、資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲において受託を行うよう、次のことを厳守するものとする。

1 商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を二〇枚と定める。

2 当該委託者から「右」1の判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班の責任者が審査を行いその適否について判断し、妥当と認められる範囲において受託するものとする。」などとされている趣旨に照らし、違法な勧誘である。

(五) 業者主導の違法不当な売買(一任売買)

原告は、前記のとおり先物取引には全く経験がなく、不適格者であったところ、不当に勧誘されて取引を開始するようになり、未経験の新規委託者への保護育成の配慮もないまま、取引委託をしてきたものである。これは、原告の真意に基づく取引指示は一切なく、終始被告会社の外務員の主導により取引が継続されたものであり、商品取引法九四条三号が禁止する一任売買に近い状態の取引であったというべきである。

(六) 利益金による委託証拠金の増積み

原告は総数二八二三枚の建玉をし、四四回の手仕舞いをしたが、このうち一三二三枚の手仕舞い三〇回は差益金を出している。この差益金は、内二〇〇万円が、被告Y1の判断により返還された以外に、原告に返還されず、委託証拠金の増積みとして新たな取引に使用されている。原告は、この資金の流れについてはほとんど知らされず、時々配付される被告会社からの数表についても、十分な説明はなされず、理解できないまま、「損失は必ず取り戻す」との被告ら外務員の誘導により、取引を続けてきた。

取引所指示事項では、「利益が生じた場合それを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執拗に勧め、あるいは既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して執拗に取引を勧めることを」を禁じている。

(七) 不適正な取引行為

受託業務指導基準は、「既存建玉を仕切ると同時に売り直し、又は買い直し行うこと」「同一計算区域(同一限月)の建て落ちを繰り返して行うこと」を、取引員の手数料のみを利する趣旨から禁止しているが、この「転がし」については、本件各個別委託取引中のゴムの取引に顕著であり、白金の取引にもそれが認められる。

右基準は、「引かれ玉を手仕舞いしないままでの両建等を勧めること」を禁止している。

この禁止に反して、平成五年七月三〇日三〇枚及び同年八月四日五〇枚の大豆の各買建に対して、同年八月六日八〇枚を売り建てること、平成五年九月一六日及び同月二一日の金各一〇〇枚の売建に対し、平成六年一月一一日金二〇〇枚を買い建てること、同年九月八日小豆二度各五〇枚の買建に対し、同年一〇月八日一〇〇枚を売り建てること、同年一一月二六日ゴム一〇〇枚の売建に対して、同年一二月一五日一〇〇枚を買い建てること、のそれぞれ両建がなされている。そして、右ゴムの各取引については、右買建を、平成六年二月七日及び三月二日と併せて手仕舞いしながら、右売建を手仕舞いせず、同年五月一二日まで放置し、更に損害を拡大させているものである。

右のような引かれ玉の放置や両建は、原告にとって無意味であり、かえって損失をもたらすものであると同時に、その損失を長期にわたって固定し、拡大することにより、値洗い損回復のための長期で抑制のない新たな建玉を導くことになるものである。

(八) 原告の本件各取引は、右(二)ないし(七)のとおりの一連の行為によりなされたものというべきである。

被告Y2、同Y3は、それぞれ共同で右一連の行為をし、被告Y1は、途中から被告Y2、同Y3と分担して、原告からその預貯金のほとんどを拠出させたものである。同被告らは、原告の後記損害につき、連帯して不法行為責任を負うものである。そして、同被告らは、右一連の行為時に被告会社の従業員であり、被告会社は、原告に対し、民法七一五条一項により、原告の右損害につき使用者責任を負う。

5  原告の損害

(一) 原告は、被告らの右一連の行為により、被告会社に対し、前記のとおり証拠金として合計五六四五万円を支払い、被告会社から、合計五五二万六三六一円の返還等の支払いを受けた。その差額五〇九二万三六三九円が財産上の損害となる。

(二) 慰謝料

原告は、前記3の(一)ないし(五)のとおりの経緯により、本件各委託取引を開始するとともに、これを行い、結果的に全ての預貯金や、生命保険、郵便局の簡易保険を担保に借り入れた多額の金銭を、同取引に投入し、莫大な損失を被った。

これにより、原告は、不安と焦燥の日々を送り、睡眠障害となり、胃潰瘍を患うこととなり、甚大な精神的苦痛を被った。その慰謝料は、二〇〇万円を下回らない。

(三) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起、追行を本件訴訟代理人弁護士に委任し、その委任につき二五〇万円の支払いを約した。

6  よって、原告は、被告Y2、同Y3及び同Y1に対して、右共同しての不法行為に基づく損害賠償請求債権により、被告会社に対して、右三名の被告らの不法行為について民法七一五条一項所定の使用者責任に基づく損害賠償請求債権により、各自五五四二万三六三九円及び内金五二九二万三六三九円に対し右2(一)の委託証拠金の最終支払日である平成五年一〇月一五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、内金二五〇万円に対し各訴状送達の日の翌日である平成七年四月一三日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)を認める。

(二)  同1(二)は不知。

2  請求原因2を認める。

請求原因3(一)中、Bが、平成五年七月上旬、○○から商品取引の勧誘を受けていたこと、同年七月一五日午前、被告会社の社員である被告Y2が、電話で、Bに対し、右勧誘をしたこと、同被告及び被告Y3は、同日午後、原告方を訪問し、Bが、「約諾書・通知書」に原告名を記入し、X印を押捺したこと、Bは、原告名で、被告会社に対し、金一〇枚の買建を委託し、原告もこれを了承したこと、翌一六日、原告が被告Y2に対し委託証拠金六〇万円を交付したことを認め、その余を否認する。

(二) 請求原因3(二)中、被告Y3が、平成五年七月三〇日朝、電話で、米国産大豆一〇〇枚の買いを勧め、原告は、三〇枚買建を委託し、委託証拠金二一〇万円を支払ったことを認め、その余を否認する。

(三) 請求原因3(三)中、被告Y3及び被告会社の社員のDが、平成五年八月三日、原告方を訪問し、主張の趣旨の話しをし、その翌日、被告Y3が、電話で、原告に対し、大豆五〇枚の買建を勧め、原告は、大豆五〇枚の買建の委託をし、翌日委託証拠金三五〇万円を支払ったことを認め、その余を否認する。

(四) 請求原因3(四)中、被告Y3が、平成五年八月六日、原告方に、電話したこと、被告Y1が、同日午前九時ころ、原告方を訪問し、大豆と金に追証が必要となる事態となったため追証を請求したこと、原告は、大豆八〇枚、金一〇枚をそれぞれ売建の委託をし両建したこと、右各売建の委託証拠金合計六二〇万円を同月一二日支払い、原告の建玉が一八〇枚となったことを認め、その余を否認する。

4(一)  請求原因4(二)の(1)、(2)をいずれも争う。

被告Y2は、平成五年七月八日、原告方に、電話で、Bに対し、○○は日本の商品先物取引所の会員ではなく、被告会社はその会員であり、先物取引委託の仕組み、危険、委託証拠金の性質、取り扱い、運用等の説明をし、原告の経歴を知らされ、退職金の運用のため商品先物取引を研給中であるなどと話しをされ、被告会社案内、先物取引の仕組みについての説明書、新聞のコピー、商品の価格表、「商品先物取引委託のガイド」、受託契約準則を原告方に送付した。

被告会社は、平成五年七月一五日の取引委託につき、同日原告に対し、売買報告書(甲第一号証の一)及び「新規委託者の皆様へのアンケート」用紙を送付し、原告は、右アンケート用紙に、「商品先物取引委託のガイド」、その別冊及びその附属書類を見て、「取引経験はないが他社の営業社員から説明を受けたことがある」「元本保証ではないが、他の金融商品に較べて利益が大きい」「先物取引委託のガイドを理解できた」等の項目に○を付け、「オプションについては未だ?」との具体的な意見まで記入して、現物先物取引についての理解を示す「新規委託者の皆様へのアンケート」(乙第七号証)を作成して返送している。原告は、本件で問題となっている商品の受渡しを約束する商品先物取引の仕組みを理解し、その適格を有するものであった。

(二)  請求原因4(三)の各事実中、被告Y2、同Y3及び同Y1が、原告及びBに対し、利益の生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供した旨の部分を否認する。いずれも取引を勧誘するに当たっては、絶対に値が上がるとか、下がるとかいうことを断定的に原告に述べておらず、相場が反対に行った場合や、前の状況も踏まえて判断の材料を提供しているものである。

平成五年八月六日における大豆及び金の取引委託は、いずれもストップ安となっていたため、被告Y1において、同日時点での評価損の計算を示した上、委託本証拠金の追加にするか、難平にするか、両建にするか、両建は、それをはずすタイミングが難しいことなど説明して対策を示したのに対し、原告夫婦は検討の末両建を選んだ。

このときの相場の変動が原告に与えた衝撃は大きいものがあり、原告は、先物取引につき改めて学習したものである。

(三)  請求原因4(四)について、これを争う。

「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの委託にかかる取扱要領」(甲第一二号証)は、社団法人日本商品取引員協会が作成した参考例であり、新規委託者が原則的に三か月の習熟期間は建玉二〇枚と制限されているわけではない。

(四)  請求原因4(五)を否認する。

被告Y1は、個々の取引委託に当たり原告の指示を受けて取引をしていたものであり、平成五年九月九日以降、毎日原告に朝の外電の状況を伝えた外、一日に四、五回は値段を報告していたことからしても、一任売買との主張の事情はあり得ない。

(五)  請求原因4(六)の事実を否認する。

被告Y1は、原告に対し、利益が出て返還可能であれば原告の請求により直ちに利益を返還することを話している。利益金が委託証拠金に振り返られた場合、委託証拠金の預り証記載の金額が変わるため、振り返られた分を加算した委託証拠金預り証が原告に交付されている(乙八号証)。平成五年九月一六日小豆一五〇枚の手仕舞いの益金について、原告は、自らそれを他の取引、特に金の取引で運用することを決めている。

(六)  請求原因4(七)を否認ないし争う。

買直、売直及び両建は、禁止されていない。

直しは、平成六年三月二日ゴム買建に一回あるが、白金にはない。

(七)  請求原因4(八)を争う。

5  請求原因5の損害をいずれも争う。

6  請求原因6を争う。

理由

一  請求原因1(一)、請求原因2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件基本委託及び本件各個別委託に係る被告Y2、同Y3及び同Y1の勧誘及びそれに関連する行為について、原告に対し、その資産を害し、損害を与える違法性の有無を検討する。

1  成立に争いのない甲第一号証の一ないし五九、第二号証、第三号証の一ないし七、第四ないし第一五号証、第一六号証(原本の存在及びその成立に争いがない)、第一八号証、乙第五号証の一ないし六、第六号証、第八号証の一ないし一七、第九号証の一ないし一九、その体裁及び趣旨並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二号証、第三号証の一ないし一三、第四号証の一ないし四、署名押印部分につき争いがないこと及び弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第一〇号証の一ないし一九、乙第一号証、第七号証の各文書自体、証人Bの証言(後記認定に反する部分を除く。)、原告(二回)、被告Y2、同Y3及び同Y1各本人尋問の各結果(後記認定に反する部分を除く。)、前記一のとおり当事者間に争いがない事実並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件基本委託に至る経緯

原告(昭和四年○月生)は、旧制高校を経て、大学の文学部を卒業して、高等学校の教諭(日本史担当)として稼働するようになり、昭和三四年に婚姻して、同じく教師をする妻Bとともに働き、平成二年三月に高校を退職し、同じく小学校の教師を平成五年三月に退職した妻と、肩書住所地に住居を構えて生活し、専門学校の高校部の非常勤講師として週二回日本史を教える外、教育関係のボランテイア活動をし、二人の子供の一人に学資の仕送りをしながら、右非常勤講師の収入を得ながら、主に共済年金による収入により生活していた。Bは、平成五年六月ころから、○○と称する業者から、退職した教師の方に先物取引の勧誘をしているとして、何度も電話連絡や、自宅への訪問による右勧誘を受けるようになった。Bは、この○○なる業者について、東京在住の子供に尋ねていたところ、被告会社に勤務する被告Y2に、Bの右子供を通じて、右○○のことが伝わった。同被告は、○○につき、商品取引所の会員でないことを調べ、それを踏まえて、原告方に電話し、○○が正規の商品取引員ではないこと、同被告の勤務する被告会社は正規の取引員であるから、同会社で金の先物取引をするよう勧誘をした。

同被告は、平成五年七月一五日午前中、原告方に電話し、Bと、金に関する現物先物取引の話しをし、作成日付を平成五年七月一五日とした委託証拠金預り証用紙等を所持して、被告Y3とともに、同日午後原告方を訪問した。同被告らは、在宅したBに対し、「商品先物取引委託ガイド」(乙第五号証の一)、「商品先物取引委託ガイド別冊」(同号証の二)、受託契約準則(乙第二号証)を示して、先物取引の仕組み、金の価格変動の事情などを説明した。Bは、これを聞いた後、特段の質問等はせず、金一〇枚の買建の取引委託をすることとなった。そして、同被告らにおいて、右委託につき委託証拠金六〇万円を請求したところ、用意がないということであったため、翌日これを受取ることとして、Bにおいて、「約諾書・通知書」用紙に、原告の氏名、住所、電話番号を記入し、押印し、これを交付した。この「約諾書・通知書」(乙第一号証)は、一枚の用紙からなるもので、「約諾書」の表題下部に、四行の文章で、被告会社に商品取引の委託をするに際し、先物取引の危険性を了知した上で、受託契約準則の規定に従い、作成者の判断と責任で取引を行うことを承諾し、受託契約準則、商品先物取引委託ガイドの書面を受領した旨記載のあるもので、同書面に貼付された四〇〇〇円の収入印紙にも中野の契印がなされているものである。

原告は、同日午後六時ころ、帰宅し、Bと同被告らの在宅を認め、同被告らの紹介を受けるとともに挨拶した程度で、同被告らは原告方を辞した。

原告とBは、翌一六日、委託証拠金を交付すべく、東日本旅客鉄道株式会社桐生駅前に赴き、受取りにきた被告Y2に対し、六〇万円を交付した。

(二)  本件基本委託開始当初の状況

被告Y3は、平成五年七月二七日、原告方へ金に関する取引単位の説明(一枚が一〇〇〇グラム、一枚当たりの証拠金六万円、三〇円の値段の上下があれば五割の損益が出る旨)、米国産大豆の説明(取引単位一枚当たり三〇トン証拠金七万円、新聞に出ている値段は一トン当たりのもの、一トン当たり一一六〇円の上下で五割の損益が出る、午前、午後の取引の表示、時間)をそれぞれ記載した文書をファクシミリ送信した。同被告は、同月三〇日午前、電話で、原告に対し、米国産大豆についての値上がり傾向を指摘し、米国産大豆一〇〇枚の買いを勧誘した。原告は、一〇〇枚という大量のものには応じられないとして、やり取りの上三〇枚の買いを委託することとして、同日証拠金三五〇万円を支払った。

同被告と被告会社部長であるとするDは、同年八月三日、原告方を訪問し、原告及びBに会って挨拶し、委託取引開始の礼を述べるとともに、米国産大豆及び金の動向についての話しもした。同被告は、翌四日、電話で、原告に対し、米国産大豆五〇枚の買いを勧誘し、原告はこれに応じ、三五〇万円を支払った。

同被告は、同月六日早朝、米国産大豆及び金の値段の下落の情報から、熊谷市在住の被告会社の外務員である被告Y1に対し、原告方を訪問し、米国産大豆及び金の各取引の関係に対応するよう連絡し、原告方に、被告Y1が赴く旨連絡した。同被告は、同日午前中、原告方を訪問し、米国産大豆及び金に関する右事情を伝え、値段下落の右状況から、それまでの買建につき損失が計上されることになり、追加証拠金を出すか、逆に新たに売りを建てて、損を少なくするように図る両建の方法などを、原告らに説明し、当日、原告から米国産大豆及び金の売建をする両建を得て、米国産大豆八〇枚の売建をし、金は、当日の取引所の注文の関係から売りを建てられず、翌週月曜日の八月九日に売り建てることとして、同日夕方まで原告方に在宅した。そして、翌週月曜日の八月九日に、右のとおりの金一〇枚の両建をして、米国産大豆及び金の右売りのための委託証拠金六二〇万円の支払いを受け、同月一二日には、金の右建玉に関して追証の必要が生じて、原告は六〇万円を被告会社に振込み送金して支払った。

その後、一覧表に記載のとおり、同年八月三一日、九月八日、九月九日と各小豆の買いの合計二五〇枚の取引委託がなされ、委託証拠金合計二〇〇〇万円の支払いがなされた。

(三)  平成五年九月一六日ころから一〇月ころの状況

同年九月一六日、先に買建した各小豆の値上がりから、一覧表のとおり、小豆の一部を転売して、益金を上げ、この益金の一部と手仕舞いにより不要となった委託証拠金が準備金とされ、そこから新規取引用の委託証拠金を拠出して、金一〇〇枚の売建がなされた。

被告Y1は、同月一六日、原告方を訪問し、二〇〇万円の益金の返還を告げるなどしていたところ、同月二〇日右二〇〇万円が原告に送金された。

翌二一日、金一〇〇枚の売建がなされ、その委託証拠金も前記の小豆の益金及び返還委託証拠金から振り替えられた。

同月二二日、白金一六一枚の買いが委託され、その証拠金七七二万八〇〇〇円が前記と同様に準備金から拠出された。

同月三〇日、前記のとおり買建した小豆の追証として七二〇万円が原告から新たに被告会社に支払われ、同年一〇月七日、右小豆の追証として七〇〇万円が原告から新たに被告会社に支払われた。一〇月八日には、一覧表のとおり転売、売り建てがなされ、同月一五日、右の小豆の追証として九二五万円が原告から被告会社に支払われた。

(四)  その後、平成五年中、平成六年中の状況

原告は、右のとおり合計五六四五万円を証拠金として支払い、その処分が可能な預貯金ないし借り入れによる資金繰りも底をついたため、それ以上の新たな証拠金の拠出はせず、被告Y1の説明、勧誘により、原告提出の「先物取引経過一覧表、全売、買一覧表」(甲第四号証)に記載のとおり、既存の益金、拠出委託証拠金のやりくりにより、その損失を回復すべく、取引委託を繰り返し、平成六年一二月一九日、同年一月一一日に買建た金の残り一〇〇枚の転売(二〇九四万五九一八円の差損)を最後にして、本件基本委託を終了させた。

(五)  前記のとおりの各取引委託により、一覧表のとおり被告会社による商品取引交換所における各取引がなされ、その都度、売買報告書及び売買計算書(甲第一号証の一ないし五九)と題する書面が、その取引日付けで、原告宛送付された。右報告書欄には、その取引額とその時点での約定値段、総取引金額、新規か仕切の分類、委託手数料等が記載され、計算書欄には、仕切り等がなされたとき、その時点での前記項目の金額の記載に、売買差金、委託手数料等の金額、差引損益金の記載などがなされていた。そして、平成五年七月から一〇月には、毎月月末ころ、同年一一月には中旬と月末ころ、一二月は月末ころ、平成六年一月は、一二日と二〇日、二月ないし五月は月末ころ、六月は二〇日と三〇日、七月、九月は月末ころ、一一月は一七日と二八日に、その日付けの残高照合通知書と題する書面が原告宛送付されていた。この書面には、右各日付時点における預託に係る証拠金、差損益金、それを計算しての返還可能額が記載されていた。そして、原告は、右各残高照合通知書に対し、各残高照合回答書と題する用紙の「通知書のとおり相異ありません。」の項に丸を付けて(ただし、平成五年一〇月二九日付け、同年一一月一九日付け各回答書は、該当事項未記入)作成(乙第一〇号証の一ないし一九)し、返送していた。

2(一)  前記1(一)の「本件基本委託開始の経緯」に認定のとおりの事実に照らすと、原告及びBにおいて、預貯金とは異なる相場取引の危険を伴う取引委託であることを認識して、本件基本委託が締結開始されるに至ったというべきであり、その開始時において、原告にその適格性に欠ける事情や、被告会社側におけるその事情の把握に欠ける措置を認めることもできない。

そして、新規委託に関して受託契約準則に定める事前交付書面及び約諾書の差し入れについても、前記認定の事実に照らすと、その方式、趣旨に違背するとして、新規取引の委託を違法とすべきものではない。

そこで、各種規則、準則等の趣旨に反するとして原告が主張するところの、委託行為開始における勧誘の仕方、取引委託不適格者に対する不当、違法な勧誘による委託契約と評すべきところがあるとはいえない。

(二)  次いで、平成五年七月三〇日から八月四日までの米国産大豆の勧誘方法を見るに、原告は、七月三〇日朝から米国産大豆一〇〇枚の買いを勧誘され、これに対し三〇枚の買いの委託をしたものの、八月四日に再び五〇枚の買いの勧誘を受け、それを勧誘のとおり委託し、合計五六〇万円の委託証拠金を支払っている。これにより、原告の支払い委託証拠金の累計額は、七月末段階の二七〇万円に三五〇万円を加えて、従前の倍を上廻る六二〇万円となり、総取引金額九六〇〇万円余というものになっている。

この米国産大豆の取引につき、八月六日に至り、その値崩れから、八〇枚の売りを建てることとなり、両建となったものであるが、この両建は、同日、原告方を訪問した被告Y1が、その対応策として、夕方まで在宅して説明をし、幾つかの選択肢のなかから、原告が決定の上右両建が選択されたことがうかがわれる。

右のような米国産大豆の取引委託がなされていたところ、同じ八月六日に、先に買い建てた金の値下がりについても、右同様にその対応が決められ、同月九日金の売りをして両建とし、同月一二日に金の追証として六〇万円の支払いもなされ、支払委託証拠金累計額が一三〇〇万円となり、九月一日から同月九日まで合計二〇〇〇万円の委託証拠金を交付して小豆四回の買建の委託がなされ、支払委託証拠金累計額が三三〇〇万円となり、この委託証拠金の支払額の増加は、右のとおりのまとまった商品の委託時期の累計額のそれぞれ二倍以上の増加を示している。

そして、九月一六日、先の買い建てた小豆に値洗い益が出ていたところ、一部を転売しその益金の一部と委託証拠金の転用により、金一〇〇枚の売りがなされ、同月二一日同様に金一〇〇枚の売りがなされるなど前記1(三)に認定の経過を経て、一〇月一五日までに、更に追証として合計二三四五万円の新たな拠出をして、その後、損失の回復をできないまま終了を見たものである。

すると、被告Y3及び被告Y1は、原告及びその家庭が、教師を退職しての講師収入ないし年金収入により生計を立てており、先物取引に当てる資産は特別の事情のない限り教師在職中の俸給及び退職金からの預貯金等であり、その運用も大きな利殖を欲するのは当然として、堅実な危険のないものを望むものであることを、前記認定のとおりの、原告方訪問、原告やBとの接触、連絡の中から知っていたか、知りうることが十分にできたものである。

このような生活状況の原告に対し、その取引に当てうる資産、その当て方は、自ずと堅実、慎重なものとなることは、その顧客サービスとして容易に分かるところであり、いかに先物取引であり、それが投機性の高い危険を帯びたものとはいえ、その資力、意向に応じた勧誘の態様があるというべきである。この点、前記個別的委託と、その勧誘を通じて見ると、早くも、開始後一か月も立たないうちに、両建の措置を取ることとなり、委託証拠金として累計一三〇〇万円の金銭の拠出がなされている。これは、建玉の値崩れによる対応として、追証、仕切り、両建との選択肢が与えられ、そのタイミングが難しく、損失補填が確実ではなく、利益か損失か取引上の成行から不確定である旨その時機に応じて説明がなされたとしても、右のとおりの原告において、それまでの拠出額からして容易に撤退ができないことは、明らかというべきである。そして、原告において、右取引状況での高額の追証か両建という、やむを得ざる選択の局面に立ち至り、この場合、損失を少なくしてそれを取り戻すべく新たな取引に賭けようと両建を選択するのが自然というべく、更に高額の取引に向かうことを余儀なくさせたものというべきであり、同被告らには、このような状態からの取引委託に立ち至らないように配慮すべき勧誘の姿勢に欠けたものというべきである。

そして、その後も、小豆の大量の買いが短期間に続けられ、これが一部利益を挙げてはいるものの、委託証拠金は拠出されたままほとんど固定され、取引の価格変動に晒されることとなったものである。その傾向は、九月一六日段階でも、洗い値の益金計上から、金の売りや白金の大量の買いがなされるなどして、原告に益金の計上、損失の回復の観点からの勧誘、説明がなされ、冷静な観察、熟慮期間もないまま、取引が継続され、さらに二三四五万円の追証がなされ、原告の資産がほとんど拠出されることになり、それ以上の資金の余裕もないまま、あとはその取引による益金、損金の調整、やりくりを続け、損失の回復を見込めない状況で、委託取引終了まで推移したと観察できるものである。

このような勧誘を続けて、右のとおり委託証拠金を拠出させたことは、その個々の場面での意思決定は原告が行い、それに際しての説明、その内容としての手段、方法もその段階、個々の時点では正しいか適切なものであったとしても、習熟して、見通し、現実の失敗体験も形成しないうちに、その資産のほとんどを損失の危険に晒す状態に置かせたものというべきであり、結果的に損失のうちに取引の終了となったものである。これは、前記のとおり専門的で危険な先物取引を勧誘し、顧客である原告の資力、生活状況、その先物取引の経験具合を認識していた外務員としての被告らの、その専門業務に求められる職務上の配慮、注意を欠いた勧誘から導かれたものというべきであり、参考例とはいえ、前記「受託業務管理規則」六条の記載、特に(2)や、「受託業務に関する規則」四条の記載に設けた趣旨にも照らすと、その専門業務に求められる職務上の義務に違背した違法な勧誘ということができる。

(三)  そして、原告がその余に主張する請求原因4の(三)、(五)ないし(七)に該当する事実、又はそこに定める趣旨から違法と評すべき点は、これを認定ないし認容することはできない。

3  右によると、本件基本委託行為の勧誘、締結自体には、違法とすべきところはないものの、七月三〇日以降の個別委託の一連の勧誘、取引委託のさせ方は違法であったというべきである。

そして、平成五年七月三〇日から同年八月九日までの勧誘等は、両建をしたことで一体となったもので、被告Y3及び被告Y1の共同によりなされ、八月三一日以降の取引は被告Y1によりなされたというべきであり、同日以降の取引拡大、その在り方につき、被告Y3と共同しての関与は証拠上これを認めることはできない。

三  損害について

前記二に説示のとおり、右被告らの違法というべき、個々の取引委託につき配慮を欠いた不適切な勧誘等の累積により、結局原告に対し、当初の委託証拠金六〇万円を含めて合計五六四五万円をその本来の意向に反して財産的支出をさせるか、同意向に反する財産的運用に向かわしめたものである。これによると、同財産の支出ないし運用を損害として把握するのが相当というべきであり、損害額は、右五六四五万円とするのが相当である。

四  過失相殺

前記のとおり外務員である被告らの勧誘等につき違法な点があるところ、原告においては、本件取引委託につき、その所持金の利殖の趣旨にでたことは否めず、商品先物取引の性質上、その損失の危険の大きいことは認識することができたところ、外務員による勧誘、説明につき、十分に配慮することなく、勧誘に応じ、説明を掘り下げ、検討しなかった点に落ち度があり、それもあって本件のとおりの損害惹起につながったことは否めないところである。この点の原告の態度につき、前記認定のとおりの諸事情を総合考慮し、右損害額を四〇パーセント減額するのが相当である。

すると、前記三のとおりの全拠出額五六四五万円について四〇パーセントを減じた三三八七万円の財産的損害とするのが相当である。

五  損益相殺

本件各個別委託による各取引における委託証拠金、差益金、差損金、手数料等により清算され原告に支払われた五五二万六三六一円は、結局右損害の回復につき損益相殺の観点から控除するのが相当であり、この控除をすると二八三四万三六三九円になる。

六  慰藉料

前記のとおりの不法行為の態様、内容、委託の経緯、原告の対応等に鑑みると、違法な個別取引全体につき五〇万円とするのが相当である。

七  弁護士費用

弁論の全趣旨により、本件訴訟代理人弁護士に、本件訴訟の提起、追行を委任せざるを得なかった事情を認めることができ、それに要すべき費用は本件不法行為による損害として被告らの賠償すべき損害というべきであり、本件事案、訴訟の経過、前記認容額等諸般の事情を考慮して、それを全体で二〇〇万円と認めるのが相当である。

八  被告らの賠償すべき金額について

原告は、被告会社との本件基本委託上の個別取引から前記のとおりの損害を被ったものであり、被告会社は、その従業員である被告Y3及び被告Y1が、被告会社の業務に関し行った一連の行為による損害につき、使用者として、その全額三〇八四万三六三九円の賠償義務を負うというべきである。そこで、被告会社は、総計三〇八四万三六三九円及び内金二八八四万三六三九円(弁護士費用相当額の損害金を控除した損害金)に対する平成五年一〇月一五日から、内金二〇〇万円(弁護士費用相当額の損害金)に対する本件訴状送達の翌日である平成七年四月一三日から、それぞれ支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の賠償義務がある。

被告Y1は、初回の金の取引、続く平成五年七月三〇日の米国産大豆取引を踏まえ前記のとおり各両建の取引勧誘に及んだので、自己のみの関与分も含めて前記のとおりの全体損害につき責任を負うというべきである。

ところで、被告Y3は、前記のとおりの平成五年八月九日の取引までは、勧誘関与していたことは認められるが、同月三一日以降の取引につき被告Y1と共同で関与したかは証拠上これを認めることはできない。すると、被告Y1が関与して前記のとおり累計三〇八四万三六三九円にまで及んだ損害につき、その端緒ないしその一部の取引の勧誘をしたとしても、その後の個々の勧誘等に加担し、右合計額の損害に及ぶことが通常予見できたとは認め難いので、被告Y3個人にその全額の賠償義務があるとは言えず、同被告の損害賠償は、同被告の関与に係る勧誘等による支払い委託証拠金分に限定するほかはないといわざるをえない。そして、それは、右賠償すべき全体損害額三〇八四万三六三九円につき、全拠出金額(計五六四五万円)中における同被告関与に係る拠出委託証拠金額(計一三〇〇万円)の割合により判断するのが相当であり、全賠償額は七一〇万三〇〇〇円(一〇〇円未満切捨)、内弁護士費用分額につき、前記のとおりの損害費目の割合(全賠償額中における弁護士費用分二〇〇万円の割合)により四六万〇五〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。そこで、同被告は、総計七一〇万三〇〇〇円及び内金六六四万二五〇〇円(弁護士費用相当額の損害金を控除した損害金)に対する平成五年一〇月一五日から、内金四六万〇五〇〇円(弁護士費用相当額の損害金)に対する本件訴状送達の翌日である平成七年四月一三日から、それぞれ支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金について、共同関係にあった被告Y1及び使用者である被告会社と連帯して賠償する義務がある。

九  以上の次第により、原告の本訴各請求は、右八のとおりの被告会社、被告Y3及び被告Y1に対して連帯して請求する限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言については、被告Y3及び被告Y1に対しては相当でないのでこれを却下することとし、被告会社につき、同法二五九条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原春夫)

<以下省略>

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